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学報告

ボストン留学記

橋本 研(平成21年卒)

はじめに

2016年6月から2年半、米国ボストン市にあるMassachusetts Eye and Ear Infirmary(MEEI)内のEaton-Peabody Laboratories(EPL)へ留学しました。通常は日本で博士号を取得し、博士研究員として留学することがほとんどですが、私は東北大学の大学院在学中に留学する機会を得られ、帰国後に留学中の研究で博士号を取得する、という少し変わった経験をさせて頂きました。英語も出来ない研究未経験者がどのように留学を乗り切った(?)のか、少しでも今後の留学を考えている先生に参考になれば嬉しく思います。

職場と研究


ラボメンバーと

MEEIはハーバード大学医学部の関連施設の1つであり、有名なMassachusetts General Hospitalに隣接し、眼科と耳鼻咽喉科のみで構成されています。眼科、耳鼻咽喉科とも、臨床部門は常に全米トップクラスの評価を受け、研究部門も世界をリードする研究で名声を得ています。EPLは聴覚研究では有名な複数の研究室で構成されており、私は全ての研究室を統括する立場にあるLiberman教授の研究室で研究しました。Liberman教授は現在聴覚障害の重要なテーマの1つとなっているhidden hearing lossを提唱された高名な研究者で、米国の学会で「あなたはどうやってLiberman研究室へ入れたのか教えて欲しい。私もLiberman研究室で働きたい。」と他施設の研究者に詰め寄られたことがあるほどです。

留学中の研究テーマは、前任者の鈴木淳先生(現講師)から引き継いで、hidden hearing lossの実際の病態である蝸牛シナプス障害の治療法の開発となりました。上に書いたように研究は未経験で、マウスの扱い方や基本的な組織染色法なども分からなかったため、必要な実験手技全てを0から学ぶことから始まりました。最初の2か月間で鈴木先生にまず必要な手技を一通り手取り足取り指導して頂き、鈴木先生が帰国された後はアメリカ人の同僚に教えてもらいながら試行錯誤してなんとか実験を行いました。Liberman教授は高名で多忙であるにも関わらず、毎週月曜日の研究室全体のミーティングで1週間分の研究結果にしっかりとしたフィードバックをくださり、これ以外の時間にも相談すればその都度直接指導を受けることが出来たことは、非常に恵まれていたと思います。実験手技の精密さや得られた結果の解釈には非常に厳しいLiberman教授でしたが、実験の進め方は基本的に個々人に任せられ、急かされて焦るということはほとんどなく自分のペースで実験を進められました。同僚も親切で、こちらの質問に毎回非常に細かいところまで答えてもらえました。英語が出来ず、Liberman教授や同僚にはかなりの迷惑をかけましたが、実験で得られたデータは何にも勝る共通言語だったと思います。また、EPLの他の研究室に日本全国から留学に来ていた同世代の先生方との交流は、精神的にも具体的な研究の進行においても大きな助けとなりました。帰国後も学会等で再開すれば、思い出話はもちろん、現在の仕事や今後の進路などで大いに盛り上がり刺激を貰っています。

日常生活と休暇

慣れない異国での単身生活でしたが、自主性が尊重される研究室だったおかげで、仕事に追われることなく自分のペースで異国の日常生活にも適応することが出来ました。英語が出来ないため何事も初めての場合は苦労しましたが、慣れてくると英語が上達しなくてもあまり不自由なく暮らせるようになりました。また、これ自体は英語の上達の妨げになったとは思いますが、ボストンは分野を問わず日本人留学者や駐在員が非常に多い街で、日本人の親しい友人が出来たことも生活を充実させてくれました。


セルティックス観戦

ボストンでは様々な新しい経験をしましたが、その中でも今も続いている趣味となったものに、クラフトビールとNBA観戦があります。現在では日本でもクラフトビール文化は盛り上がりを見せていますが、米国が本場で、特にボストン周辺は中心地の1つとなっています。元々美味しいお酒を飲むことが好きだったためすぐにクラフトビールに夢中となり、平日は仕事終わりに自転車で家の近く、休日は友人の運転する車で郊外、連休は電車やバスでニューヨークの醸造所へ、それぞれの場所でしか手に入らないビールを買いに出かけていました。ビールを通じて日本人の異業種の友人が増え、同じくビール好きだったアメリカ人の同僚ともより親しくなりました。また、こちらも八村塁選手などの活躍のおかげで日本でも取り上げられることが多くなった米国のプロバスケットボールリーグNBAですが、幸運にも自宅の目の前に強豪のボストンセルティックスのホームアリーナがあったことから、試合開始直前に大きく値下がりしたチケット(20~30ドルくらい)をインターネットで買って観戦に通っていました。アメリカ人はスポーツで盛り上がることが非常に上手く、ホームチームが優勢な時の会場の一体感は日本では味わうことが出来ないものだと思います。

夏休みや感謝祭からクリスマスにかけてなど、一般的に日本人が抱くイメージの通りアメリカ人は仕事と休暇のメリハリがしっかりしており、Liberman研究室でも研究の成果が出ていれば休暇の希望に嫌な顔をされることはありませんでした。まだコロナ禍前で移動の制限もなかったため、私も2年半の間にニューヨーク、フロリダのディズニーワールドやマイアミビーチ、ラスヴェガスとグランドキャニオン、アラスカのオーロラビレッジ、コロラドのスキー場など、各地へ旅行に出かけ、思うように結果が出ず苦しい思いをすることもあった研究生活の中で貴重なリフレッシュの機会となりました。

最後に

昨今日本人留学者が減少傾向というニュースを目にし、実際に自分の周りを見てもその傾向が現実にあると感じます。金銭的に楽ではないことも多く、基礎研究での留学であれば臨床から完全に離れることも留学が敬遠される理由の1つとなっているようですが、国際的な考え方など留学でしか得られない財産も沢山あると思っています。通常はおよそ40年以上ある長い医師人生のうちで2~3年、慣れ親しんだ場所での臨床から離れて全く新しい環境で研究に打ち込むのも、人生を豊かにし成長させてくれる貴重な経験ではないでしょうか。留学のチャンスがあるのであれば、是非前向きに検討されることをおすすめします。