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学報告

ダナファーバー癌研究所留学報告

六郷正博(平成24年卒)

はじめに

2022年4月から米国ボストン市にあるダナファーバー癌研究所(Dana-Faber Cancer Institute: DFCI)内のRavindra Uppaluri Laboratoriesにて研究留学生活をスタートさせています。

研究環境

DFCIはHarvard medical schoolのキャンパス地区に位置する全米屈指の癌治療病院です。

PIのRavindra Uppaluri先生は頭頸部外科医であり、DFCIに隣接するBrigham And Women's Hospital(Massachusetts General Hospitalと並びHarvard medical schoolの付属病院のような位置づけ)の頭頸部外科部門のchairをされており、毎週手術を精力的に行いながら、DFCIで頭頸部がん腫瘍免疫の研究を行う我々のラボを主催しており、常に忙しくされています。ラボのテーマは腫瘍免疫であり、オリジナルのマウスモデル、臨床サンプルを用いた基礎研究などを行っていますが、Ravindra先生はその他にもPembrolizumabのネオアジュバント臨床試験など多方面に研究活動を行なっています。PI は話好きの非常に優しい先生で、小規模ラボ(現在正職員1人、ポスドク5人、技術員1人)ですので毎週火曜日にPI と1対1で話す時間を1時間程度作っていただいています。PIを含め周囲の外国人は私の拙い英語をしっかり聞き取ろうとしてくれます。PIが野球好きなこともあり、5月にはラボメンバー全員とその家族全員分のチケットをPIが取ってくれて皆でレッドソックスの試合を観戦したことは素晴らしい思い出です。(大谷が先発!大谷が7回2失点で勝利投手に!)また何よりも心強いのは慶応大学と旭川医科大学からも頭頸部外科医がボスドクとして同じ研究室に在籍しており、同じバックグラウンドを持つ同志達とわからないことをお互いに日本語でフォローし合えています。さすがは世界一の研究大国である米国、PIの持つグラントの規模がとても大きな額で驚きましたが、そのお陰で必要な研究資材はすぐに手に入る環境は研究を快適に進められている大きな理由です。

生活面

ボストンのあるMassachusetts州は清教徒以来の歴史を持し、ヨーロッパ 的な雰囲気を持っています。ボストン中心部にはチャールズリバーが流れ、高層ビルのすぐ近くに米国最古の公園の緑があり、都市と自然が融合したとても美しい街です。ボストン近郊だけで30ほどの大学が立ち並ぶ学術都市であり、教育水準も高く、比較的治安の良い地域です。とは言うものの、実は私が住んでいるのはボストンに隣接するブルックライン市です。ブルックライン市は閑静な住宅街で、利便性が非常によくDFCIまで徒歩圏内、家族連れでも安心して過ごせる本当に美しい街です。

歴史的な円安進行には思った以上に苦しめられています。渡米直前の3月に円安が進行しはじめ、留学開始4か月経過する2022年7月現在1ドル138円まで上がりました。そもそもボストン近郊の物価は全米でも屈指の高さですし、さらにはロシア・ウクライナ戦争の影響による世界的な物価高も重なり、留学終了まで生活費には悩まされそうです。例えばコーラ500mlボトルが2.5ドルですから、生活費は日本のほぼ2倍かそれ以上の感覚です。

円安の面ではタイミングが不運でしたが、COVID-19に関しては現在ボストンではノーマスクが当たり前で、人前でこちら側が気を遣ってマスクをする程度の意識であり、大人数の会食なども全く制限ありません。ほとんどコロナ禍以前と同じ生活ができていますので、そういう意味ではいいタイミングで留学できているかもしれません。(それでも稀に感染したという話は聞きます。)

よく言われる日本にはないあらゆる「雑さ」を生活のいたるところで感じ、たまに一線を越えてトラブルの元になることもありました。到着後すぐに届くはずのマットレスが1週間以上届かず、急遽エアベッドを20ドルで購入、朝にはぺちゃんこに潰れていて腰が痛くなったことも終われば良き思い出です。基本的には日本にいたときよりも心がおおらかになったような感じがします。

ボストンには世界中から来ている留学生も多く、様々な交流が楽しめます。日本人との交流では1週間に1回はロングウッドエリアにいる多職種の日本人ポスドクで集まってランチをしています。また我が家の長男は現地の小学校に通っていますが、息子の友人の両親からつながるネットワークもでき、クラスメイトのお誕生日会に呼ばれるなど現地の方とも家族ぐるみの付き合いができています。

研究テーマ

これまでの頭頸部扁平上皮癌研究の発がんモデル(carcinogenesis model)はタバコやアルコール、4-NQOなどのcarcinogenに焦点を当てたモデルを用いて行われてきました。Carcinogenで発がんの誘発に成功した場合、腫瘍の不均一性(heterogeneity)を再現できる一方で、一つ一つの腫瘍モデルでシグナル活性化経路や遺伝子発現などは複雑となり、また発がんまでも時間を要します。一方で、遺伝学的に扁平上皮癌を誘導したモデル(genetic defined carcinogenesis model)の報告は頭頸部癌に限らず少なく、これを作成するというチャレンジングなプロジェクトです。具体的には正常細胞にCRISPR Cas9という遺伝工学の技術を用いて、自分の興味のある遺伝子のノックアウト(あるいはノックイン)を加えていき発がんを誘導するというものです。これが成功した場合、自分の興味のある遺伝子を操作していますので、その後の活性化経路や遺伝子発現などの検討が行いやすくなるという大きなメリットがあります。我々の研究室は腫瘍免疫をテーマにした研究室ですので、この扁平上皮癌モデルをマウスに移植し、その注目する経路が与える免疫動態を確認するという目標があります。私自身大学院では生物化学教室で学位を取得しましたので、現時点ではその実験手法などが大いに役立っております。壮大なプロジェクトですが、限られた時間でどこまでできるか不安とともに楽しみでもあります。

最後に

この留学に際して多大な御支援・機会を与えてくださった香取幸夫教授、現岐阜大学耳鼻咽喉・頭頸部外科教室の小川武則教授、同講師の柴田博文先生はじめ、東北大学耳鼻咽喉・頭頸部外科教室の皆様に、心より感謝の意を表します。また渡米直前まで大学院生であった私に基礎実験の魅力と基本手法を教えてくださった東北大学生物化学分野の五十嵐和彦教授、松本光代先生にもこの場を借りて感謝申し上げます。

充実した研究生活を送り、少しでも多くのものを日本に持ち帰り還元したいと考えています。今後ともご指導の程をお願い致します。

写真1 世界一有名な球場 フェンウェイパークと名物グリーンモンスター

写真2 ラボメンバーと(PI:左端)