東日本大震災と医局
2011年3月11日14時26分に発生した大地震はわれわれ東北大学耳鼻咽喉・頭頸部外科医局にも多大な被害をあたえました。
地震直後の医局
地震直後の耳鼻咽喉科外来
震災後、東北大学病院としては後方支援にあたるという方針を打ち出していたため、われわれが行うべきことは重症患者の引き受けと、沿岸部の関連病院への医師の派遣でした。当科の重症患者はあまり多くはありませんでしたが従来どおり引き受け治療に当たり、沿岸部の関連病院で頭頸部癌治療を行っていた患者さんを当院へ転院させ、引き続き治療を行うといった後方支援も行いました。
石巻赤十字病院内の震災直後の様子 ロビーに人があふれかえっている
石巻市立釜小学校へ向かう東北大学医療チーム
石巻市立釜小学校内の様子
3月25日には、小林教授が南三陸町、気仙沼を訪れ、南三陸町では志津川病院、志津川中学校を訪問、気仙沼では気仙沼市立病院の常勤医を激励しました。
小林教授、南三陸町訪問の様子。抗アレルギー剤などを寄付した。
気仙沼市立病院訪問。
気仙沼唐桑地区の様子
沿岸部への派遣について、震災直後は気仙沼、石巻への救護所への派遣が中心でしが、耳鼻咽喉科診療のニーズがあり、眼科、皮膚科と3科合同での志津川、女川への派遣を行いました。震災後1週間が過ぎると震災前から非常勤医師を派遣していた病院からも耳鼻咽喉科医師派遣の依頼があり、ガソリン不足や、交通網の遮断で困難もありましたが、非常勤医師の派遣を再開させました。
眼科、皮膚科、耳鼻咽喉科3科合同沿岸部派遣
南三陸町診療施設の様子
イスラエルから寄贈された診療所用プレハブ
女川町立体育館避難所における耳鼻咽喉科診療ブース
震災復興の一助として2012年2月5日南三陸町ホテル観洋で耳管に関するシンポジウムが開催されました。
南三陸にて耳管シンポジウムの集合写真
南三陸町の夕日
このようにわれわれは大震災にめげずに日々頑張っております。
この場をお借りして震災時ご支援頂きました方々に感謝申し上げます。